2011年1月24日月曜日

天赦園グランド整備 その2

早朝ソフトやナイターソフトで慣れ親しんだ天赦園グランド、正式名称は「天赦公園」という。国の公園法により他への流用は利かないそうだ。と言うわけで市街地中央に緑地公園が誕生する。その整備第2弾をお届けする。ネットがのき、非常に見やすくなった宇和島城。7代宗紀公も晴れた日は、ここより天守を眺めていたに違いない。

バックネット基礎部分の撤去


異動作業


天赦園菖蒲園より天守を望む


天赦園生け垣の上より天守を望む



2011年1月21日金曜日

愛南ぎょレンジャー


愛南町のぎょしょく普及戦隊・愛南ぎょレンジャー。そのキャラクター作成に愛南町の小学生がアイディアを出し、南宇和高校の美術部の生徒がデザインしたと聞いている。「ブリグリーン、ヒオウギパープル、カツオブルー、カキアイボリー、タイレッドと新しい仲間のヒジキブラック」小学校には着ぐるみも置かれている。


もともと漁業は県下で名高い大浜漁業(旧御荘町中浦)があり、真珠、カキ、ぶりの養殖、深浦漁港(旧城辺町)にはカツオの水揚げが名高い。最近ではマグロの養殖やはたの養殖も始まっている。写真は養殖いかだ

大浜漁業 愛南町中浦


久良(ひさよし)湾の養殖


養殖いかだ(鯛とハマチ) 愛南町西浦


2011年1月19日水曜日

天赦園グランド

宇和島市が購入して天赦公園になると聞いた。松山市の堀之内公園みたいな芝生の公園となるようである。そのために今までの施設の撤去(夜間照明施設・バックネット)が始まった。また、この場所は昔の偕楽園跡でもあるので埋蔵文化財がある。そのための調査も欠かせないそうだ。市民が慣れ親しんだ「天赦園グランド」「天赦園コート」「天赦園児童公園」もなくなる。宇和島市民としては少し寂しい気がする。

照明除去のクレーン

防球ネットの除去

2011年1月18日火曜日

三ツ畑田島

愛南町で勤務していた頃、行き帰りによく見た風景、その中でも三ツ畑田島は好きな景色の代表である。

三ツ畑田島は愛南町の足摺宇和海国立公園内にある高さ40mほどの3つの島よりなる。付近は珊瑚礁があり、熱帯魚が泳ぎ、流れも急でハマチの養殖などが行われている。冬場は特に、この3つの島に夕陽が沈むところから写真家達の撮影のメッカともなっている。

私は写真家でもなく、ただ美しいというだけでシャッターを切った。場所は展望台付近からであるが、中浦地区にあるテレビ塔公園からは真下に見ることが出来る。なかなかの景観である。

                        国道56号線より


国道56号線よりアップ


愛南町中浦テレビ塔公園より


2011年1月16日日曜日

雪!

寒い、雪だあ! 思わず顔がほころびる。犬と同じく雪の中を駆け巡るのが好きなのである。車も雪道が楽しい。雪国の人から見ると「なんと不埒な」と思われるかも知れない。さっそく天赦園に入園した。お客さんはまだいないそうだ。積雪は少ないが、路面は凍っている。この寒いのに、滑って池にでも落ちたら、いい笑いものになるなあと考えながら歩いた。そんな寒い中で梅の花がつぼみをつけていた.誰に教えてもらい咲くわけでもないのに自然は偉い。

宗紀公が隠居し居住された潜淵館


くま笹(天赦園竹の18種類の中のひとつ)


岬より春雨亭を望む



枯れ川から鬼ヶ城(借景)


凍った手水鉢


雪中でほころんでいる梅


藤(老木)の根


凍った路面の模様


2011年1月15日土曜日

どんど焼き

どんど焼きとは正月15日に、門松・竹・注連縄などを燃やす行事。全国ではいろんな形があるそうだ。我が家の氏神様「南予一宮榊森宇和津彦神社」では、氏子総代の方たちが、番を勤め昼過ぎまで燃やす。昨年は喪中であったので飾り物は無し、もちろんどんど焼きはしなかった。今年は仕事前に参拝した。寒い日で、ぜんざいのサービスもあったが、横目で見ながら仕事場に向かった。

                 昔は積み上げていたが、今では穴の中


ぜんざいのサービス


大鳥居


2011年1月13日木曜日

花月

我が家には「花月」という花がある。別名「金の成る木」と言うらしいが金は成らない。大きくなったので株分けをした所、一方には花が付き、いまを真っ盛りに満開である。一方には花は一つも付かないで寒そうである。同じ条件、同じ環境で育てているが、不思議なことである。

人間と同じように同じ両親から生まれても兄弟姉妹の性格が違うのと同じだろうか?ちなみに「花月」の花の付き具合は、気温、日照、肥料に左右されるとか。

      満開の花月                     花が付かない花月


花月の花のアップ その1


花月の花のアップ その2