2011年1月6日木曜日

冬の天赦園

寒い日となりましたが勇気を出して天赦園に入園しました。冬になると池の水は澄み、浅瀬では底まで見え、澄んでいます。鯉も寒そうに泳いでいました。えさを求めてか(鯉狙い?)、アオサギも現れました。保護色でまるで空の忍者部隊のようです。八つ手も実をつけ、養老の滝も寒そうです。




2011年1月5日水曜日

墓参

 年末年始は孫達と一緒だったので義父母の墓参りを失念していました。お墓は下波の宇和海中学校の横の山にあります。その場所から撮った宇和海(下波湾)です。正月3日の出来事・・・

 豊後水道の暖流の所為か、霜も降らず暖かい気候です。お墓の下には枇杷がもう実を付けていました。そのそばには雑柑類の「デコポン」が・・・聞く所に寄ると今年は蜜柑は非常に高値、雑柑類は昨年より安値だそうです。昨年の夏の猛暑の影響か?

                         下波湾


琵琶の木


デコポン


形からでしょうね・・・

2011年1月3日月曜日

年末から再生

30日宇和島~高松空港へ出迎えに行きました。みぞれの中、一路ニューレオマワールドへ・・・泊まりは琴参閣新館でした。30日なのに満室とか。大凧の前でビンゴゲームや餅つきを楽しみました。流石、老舗ホテル、女将が挨拶に来られ、驚きました。31日は寒い日でしたが、晴れていました。せっかく来たのだからと一日早い初詣?この日、四国路は大雪で、高速は高松道のみ走れるようでしたが、まっ、何とかなるだろうと・・・日頃のトレーニングの成果もあって、階段はすいすい登ることができました。新年を迎える準備でアルバイト生以下大忙しの様子でした。連続写真でどうぞ。

                           高松空港

ニューレオマワールド入り口


大観覧車


琴参閣玄関


琴参閣ロビー


琴平歌舞伎座


金比羅さん大門


金比羅さん石段


金比羅さん本殿


2011年1月2日日曜日

初詣

 我が家の恒例行事は菩提寺である大超寺で除夜の鐘を突き、氏子である宇和津彦神社に、その足で初詣すること。今年は家族5人で賑やかに訪れた。しかし、寒い!日本列島は寒気団に覆われているとかで雪の降る中参拝した。

 元日の昼過ぎには、和霊神社に初詣。宇和島藩の窮状を身を挺して救った山家清兵衛公を祀ってある神社である。海の神様、商売の神様として全国に200社近くあると記録が残っている。かの坂本龍馬も土佐を脱藩するとき、近くの和霊神社に詣でて出立したと記録が残っている。

 お籠もり堂の横に米田双葉子の俳句がある。めでたいので記しておこう。

 「須佐之男は 若禰宜ならめ 初神楽」

                       大超寺の鐘撞き堂                     


宇和津彦神社本殿


和霊神社


今年の干支「卯」


米田双葉子の句碑

2011年1月1日土曜日

豪雪地帯宇和盆地

 2010年12月31日、大晦日の日の出来事です。こんぴらさんをお参りし、ホテルのフロントで高速の状態を聞くと「徳島道、松山道、高知道は全線雪のため通行禁止」とのこと。友人との約束もあり、夕刻までには宇和島に帰る必要があり、一般道では不可能。そこで家族は高松道を飛ばして川之江からJRを使うことにしました。私は一人11号線をひたすら松山、宇和島方面へ・・・桜三里が通れなかったら今治経由で海岸線を帰るつもりでした。そうすれば車の中で新年を迎えねばならないと覚悟。途中、ふっと空を見れば「天使の梯子」が・・・良い予兆、これなら6時過ぎには帰ることができると踏んだのが間違い。宇和に入ると渋滞、道はアイスバーン化・・・

 仕方がないのと前から雪の中の「わらぐろ」を撮りたかったので脇道へ。タイヤはスタッドレス、車は四駆なので少々の雪なら安心。その気温マイナス一度の中での写真を掲載します。

 最悪の「おち」としては卯之町駅から自宅まで、普通なら30分位なのですが2時間半かかりました。法華津隧道入り口の坂でノーマルタイヤの車の事故と滑って横向きになり道をふさいだのが原因でした。のべ運転時間8時間半でした。





2010年12月29日水曜日

年越し

 何と言うことはないのにみんな忙しそうに動いている。新しい年に期待してか、新しい年のまっさらな出発をするためか。なんにせよ、大晦日、新年というのは季節感とともに日本の心に触れる行事である。

 その大掃除のお手伝いの合間に街に出てみた。商店街は人通りはあるものの閑散としている。地方の悲しさか、それとも意識のなさか分からない。いろんな人たちが活性化を叫んでいるが、成功した話はあまり聞かない。天井には新年を迎える看板が・・・



鬼ヶ城

 私のブログはこの山の名前を取って「鬼城」としている。山の名前の由来は不明である。宇和島市はこの山から流れる神田川、辰野川の小さな扇状地である。集落があり、すぐ海に面していたが、伊達家の施策により新田開発を行い、埋め立てて今の街ができている。つまり鬼ヶ城による恵みである。

 この鬼ヶ城を撮影するためには、場所の選択がいる。ほとんどの所は電線が入り邪魔をする。今、一番良いスポットは市立宇和島病院の8階。邪魔になるものは無い。贅沢は言えないが、室内灯の映り込みがあるのが難点である。雪の積もった鬼ヶ城をぞうぞ。