2010年11月14日日曜日

ものづくり

 11月14日愛媛新聞朝刊に笹田智氏のことが掲載されていた。長年経営してきた「笹田無線」のパーツ類を松山工業高校に寄贈するというもの。この方は元教員で宇和島市出身、ご兄弟も教員をされていたと思う。ご実家は本町追手の「笹田文化服装学園」だったかな。この方のお話の中で、日本は技術国家であり、ものづくりが大事だと言われている。まったく同感、私のこの方とのお付き合いは、アマチュア無線を通じてと教材開発で大変お世話になったことから始まっている。

 さて現在、このパーツが必要な人たちがいるだろうか?ICチップを埋め込まれた機器、マイクロコンピュータを使った電器製品や車・・・普通に組み立てることができないし、修理もできない製品群。技術の進歩は普通の人間の介入を拒否する。しかし、この製品を作ったのも人間。日本はものづくりの国である。怪しくなってはきているが、それも世界一の国。



写真はWikipediaより

 外交問題、経済問題、社会問題といろんな課題を抱える政府の大変さも分かるが、もう一度、原点に返り、資源のない国は「ものづくり」つまり技術立国という指針を打ち出してもらいたいと考える次第。新聞を読みながら、笹田氏が言われているように「一時代がすぎたなあ。」では済まないような気がする。

2010年11月12日金曜日

海岸通り

 昔は海の中、今は埋め立てて湾岸通りとなっている。上を走るのは宇和島道路。不思議なのはこの宇和島道路は普通道なのか?時速40kmで前を走っている車をよく見かける。一般道と勘違いしている方も居るようだ。それはさておき、今日は中国からの黄砂来襲でかすんで遠くは見えない。「きさいや広場」ができ、体育館、福祉センター、レストランなど大変賑やかになっている。ここに学校給食センターもできるとか。写真は市庁舎よりのものです。

宇和島湾(西)

坂下津方面(南)

昔の製氷工場で給食センター予定地

2010年11月11日木曜日

区切り

 高野山から帰ってきて疲れを取るため、8日(月)のちょうど休みの日に高山の「はま湯」に行った。ここは800mの地下より塩水をくみ上げ沸かしている。サウナ、ミストサウナ、薬湯、ジェットなど有り、楽しめる。我が家からは少々遠いが非常にリラックスでき疲労回復の基となっている。

 気にはしていたが、明浜の渡江のトンネルの中でメータを見ると100,000km・・・トンネル中央で車を止めぱちり。年明けの1月末で10年になる。エコカー減税もなんのその、我が愛車は非常によく走ってくれる。欲を言えば加速性能がイマイチであるが・・・友人に聞くと「シティクロカン」と言うそうでクロスカントリーレース仕様でもないし、町中を走る車でもない中途半端な車とのこと。彼もCRVに乗っているのだが、おそらく気に入っているに違いない。昔ならとうに廃車のキロ数である。さて後何年乗ろうか?それとも免許返納が先か(笑い)







2010年11月10日水曜日

紀伊水道

 高野山の復路は和歌山市から徳島市までの南海フェリーで帰りました。波も穏やかで快適な船旅でした。バスと違ってゆっくり手足を伸ばせるところが良いですね。船名は「かつらぎ」で思ったより小さな船でした。海を眺めていたら漁船が平行して海水をまきながら走行していました。小魚でも蒔いているのか、カモメの群れが飛び交っていました。不思議な海の風景をどうぞ。

かつらぎの救命艇

太陽光発電による船内の電化

3時過ぎだが夕闇のような海

北島三郎を思い出す漁船

車窓よりおまけ(新吉野川大橋完成間近)

2010年11月9日火曜日

高野山参り2日目

 朝6時朝のお勤め行事、宿坊「密厳院」本堂で修行僧達と一緒にお勤めをする。若い僧達の一糸乱れぬ姿に感動を覚える。その後、朝食(勿論精進料理)を食べ、7時出発。奥の院到着7時10分。車は少ない。入り口で記念撮影。個人情報なので掲載は不可。(笑い) そこから聖域までの間はお墓の列。古い物から新しいものまで宗派を問わないと言うことからか、個人のものから会社のもの、また慰霊の塔まで・・・有名人の墓も多い。宇和島藩伊達家の墓を見つけることができなかったのは残念だった。紅葉がまっさかりできれいだった。橋から奥は撮影禁止区域なので厚かましい私もシャッターは切れなかった。今でも弘法大師様は入定され、朝昼夕げの食事をとられているという。その調理の寺もあり、大きな長持ちで奥の院の裏手の墓所まで運んでいるとのこと。朝10時、昼3時にはおやつも捧げる。毒味の地蔵尊も祀られている。

奥の院駐車場(帰りは満車状態)

奥の院入り口

見事な紅葉

花菱アチャコさんのお墓

結城秀康石廟(徳川家康建立)



聖域(ここから写真撮影禁止)


樹齢は800年前後とか




 奥の院を後にして女人堂(昔は女人入山禁止)、金剛峯寺をお参りし、大門を後にして帰途についた。慌ただしいお参りであったが、気持ちが引き締まる感じがした。また、次に訪れたいと言った人の気持ちが良く分かる。

女人堂

宿坊の紅葉

徳川家康廟

金剛峯寺山門


説教(忘己利他の教え)

感謝の心

石庭

厨房

厨房(お釜)

六時の鐘

三鈷の松(松葉が三本)

根本大塔(内陣は大日如来)

  六角経倉

宿坊

大門(高野山の入り口) ※スキャンニング

ブログ画面の変更

 管理しているブログが二つあるものだから一方を変更すると他方に関係する。同じにすれば問題はないのだが、運営する側としての最低のプライドが許さない。(笑い) その変更のため、半日を費やした。高野山二日目は今日中にアップする予定です。どうかお許しを・・・黒のバックは賛否両論あるものの私としては好きなんですが、人それぞれですね。

2010年11月8日月曜日

高野山参り1日目

 台風で延期ということもあり、行きの交通手段がフェリーが満車でバスとなった。ひたすら走り鳴門大橋から明石大橋を通り、大阪湾岸をひたすら和歌山に向かった。行く先々のドライブイン風景。

  伊予灘SA                  上板SA

淡路ハイウェイオアシス

道の駅紀ノ川万葉の里

 バスの中ではひたすら眠り、SAでは軽く運動しながら、腰の痛みに耐え高野山に到着した。さすが標高900mの盆地、快晴ではあるが寒い。時間も3時半になろうとしている。最初、バスを降りて入ったところが、金剛峯寺の事務所的な所(勿論お寺)。ここで受戒を受ける。真っ暗な部屋の中で代表の先達さんが和尚様より受ける。



 受戒を受ける所



 受戒を受けたのでその足で日程変更し、宿泊場所の「密厳院」へ


 院と名前があるお寺はすべて宿坊で接客するのは修行僧か高野山大学の学生とか。和室で勿論、食事は精進料理である。非常においしかった。食事後、希望者で夜のライトアップを見物に行った。気温10.3度、寒かった。

壇上伽藍の根本大塔

大塔の鐘(除夜の鐘でテレビ中継される)

高野山の入り口「大門」