住んでいる家のそばに神田川(じんでんがわ)がある。この川の上流では小学生の頃、毎夏、川をせき止めよく泳いだ。今はその面影もない。まずは護岸工事、次は流量の減少、最後が雑草や木々の繁殖である。この川に沿ってほとんど毎日、懐かしさと嘆かわしさを考えながら散歩をする。その川の中ほどに芙蓉の木があった。種を鳥が運んできたのか、苗が流れてきたのか分からないが、紅白混じった花が今盛りである。悲喜こもごもとは良く言った。
2010年10月19日火曜日
2010年10月18日月曜日
秋
夕方だった。鱗雲が空一杯・・・この後は夕焼け空。明日も晴れるだろう。
そんなある日、天赦園での茶会があった。京都大徳寺孤篷庵主催の茶会で伊達博物館秋の特別展の記念イベントとして開催された。この日は京都よりお手前をする茶人、また国宝「喜左衛門」大井戸茶碗の説明をされるため孤篷庵の副住職さんがこられていた。茶道具類の説明は木村宗慎先生。集まったお客様は遠くは香川から・・・計130名あまり
そんなある日、天赦園での茶会があった。京都大徳寺孤篷庵主催の茶会で伊達博物館秋の特別展の記念イベントとして開催された。この日は京都よりお手前をする茶人、また国宝「喜左衛門」大井戸茶碗の説明をされるため孤篷庵の副住職さんがこられていた。茶道具類の説明は木村宗慎先生。集まったお客様は遠くは香川から・・・計130名あまり
鱗雲
木村宗慎先生
お手前
天赦園春雨亭にて国宝の説明
孤篷庵副住職さん
2010年10月16日土曜日
烏瓜(からすうり)
漢字で書くとなぜか高級感がある。散歩の途中の小川のほとりの木に絡まって実を付けた烏瓜。雌花の咲く蔓に実は生るそうだ。花は6月から9月にかけて夜開く。おいしそうな真っ赤な実であるが食用にはならない。烏が好んで食べるというわけでもない。なぜか秋になると銀杏と同じように恋しくなる実ではある。
2010年10月14日木曜日
月下美人
2010年10月13日水曜日
すすき
秋、すすきが穂を出している。近くの道にはいろんなすすきがはえている。斑入りのものやオーソドックスなもの、種類を調べてみたがよく分からない。ふと昔読んだ太宰治の「津軽通信」を思い出した。奇妙な訳の分からない作品の一つである。そもそも太宰の作品そのものが分からない人間だから・・・その中の小編『ア、秋』の一部「怪談ヨロシ。アンマ。モシ。マネク、ススキ。アノ裏ニハキット墓地ガアリマス。」今でも分からない。まっ、あまり考えるとおかしくなるのでこのあたりで止めておこう。
2010年10月12日火曜日
金平糖
2010年10月8日金曜日
牛鬼
牛鬼と言えば「宇和島牛鬼祭り」「牛鬼打線」・・・民俗学的な考察は分からないので控え、ただ魔除けの意味のみとしておきます。我が家にもン十年前の新築の折、友人の大村仁志氏に記念として頂いた頭があります。わざわざドリル持参で玄関に飾ってもらいました。向かって右の耳に宇和津彦神社のお札をつけています。
お寺の境内に静かにたたずみ、自分の心をみつめてみましょう。また、ここは山の中です。目をとじ鳥の声、虫の声に耳をかたむけてみましょう。
昭和59年香川県
ところがもう一つの牛鬼が存在していることが分かりました。四国88カ所「第82番札所根香寺」、ここの駐車場の上に牛鬼の青銅製の彫塑が・・・香川県から以下の説明がなされています。
山の中の寺・根香寺 根香寺は、急坂を登りつめた青峰山中腹、木立の中のお寺です。なぜ、このようなけわしい山の中に建てられたのでしょう。
奈良時代の仏教は鎮護国家を目標としていましたが、平安時代になると仏教は、祈りやまじないが実現する不思議な力を得ようと、苦しい修業を重んじるようになりました。そのため、明るくはなやかな場所ではなく、人里離れた山の中にお寺を建て、山中を修業の場としたのです。(このような仏教のあり方を山岳仏教といいこのようなお寺を山岳寺院といいます。)お寺の境内に静かにたたずみ、自分の心をみつめてみましょう。また、ここは山の中です。目をとじ鳥の声、虫の声に耳をかたむけてみましょう。
根香寺の伝説”牛鬼” 今から400年くらい昔、このあたりに”牛鬼”と呼ばれる怪獣が住んでいて、人々を大変困らせていました。そこでこの地方を治めていた殿様は、山田蔵人高清という弓の名人に牛鬼の退治を命じました。高清は根香寺の本尊である千手観音にお願いして、そのおかげで牛鬼を見つけだし、みごと退治したそうです。
そして怪獣の角を根香寺に奉納して、その菩提をとむらったと伝えられています。昭和59年香川県
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